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AI会計スタートアップ Basis を調べた — 米国会計税務ソフトの三強と何が違うのか

先に結論

Basis は QuickBooks の代替ではない。会計事務所側に座って、クライアントの帳簿ソフト(QuickBooks / Xero)と税務申告ソフト(Lacerte / UltraTax / CCH)の上から両方を動かす「会計事務所スタッフのAIエージェント層」になっている。

日本でいう「達人」より範囲が広く、freee と達人と監査ソフトを横断する1人のジュニア会計士をAIに肩代わりさせるイメージが近い。

既存の三強(Intuit・Wolters Kluwer・Thomson Reuters)のうち、Intuit が最も打撃を受けており、2026年に入って株価は半値、5月21日には1日で約20%下落した。

会社の概要

  • 本社: ニューヨーク
  • 創業: 2023年
  • 対象: 会計事務所(CAS・税務・監査の3領域)
  • 資金調達:
    • 2024年12月 Series A 34M(Khosla Ventures主導、Nat Friedman、Jeff Dean、Adam D'Angelo らがエンジェル参加) — レート換算で約53億円
    • 2026年2月 Series B 100M、評価額1.15B(Accel・GV主導、Lloyd Blankfein 参加) — ユニコーン入り
    • 累計138M
  • 導入実績: 米国上位25会計事務所のうち約30%が利用、平均30%の時短
  • 公開済みのパイロット顧客: Wiss & Co.(Top 100 事務所)

Basis の位置取り — QuickBooks の代替ではない

「会計ソフトの新しいやつ」と思って読むと位置取りを見誤る。Basis はクライアント企業の帳簿を作るソフトではなく、会計事務所のスタッフを肩代わりするソフトになっている。

観点Basis
売り先会計事務所(CPA firm)
動く場所QuickBooks・Xero・Bill.com・SharePoint・Box のでAPI/Function calling経由で操作
担当する仕事クライアントが QuickBooks に入れたデータを取りに行き、照合・記帳・税務調書・監査ワークペーパーを生成して返す
残るものQuickBooks 等の総勘定元帳ソフト・Lacerte 等の税務ソフトはそのまま

ソフトの種類は減らない。人間の作業が減る。

日本の「達人」との比較

NTTデータの「達人」が頭に浮かぶ位置取りに近いが、Basis のほうが守備範囲は広い。

達人(日本)Basis(米国)
範囲税務申告書の作成・提出記帳・銀行照合・税務申告・監査・アドバイザリー横断
連携先会計王・MJS・freee・弥生 等QuickBooks・Xero・Bill.com・SharePoint・Box
AI申告書フォームの入力支援エージェントが多時間自律稼働

無理矢理日本に当てはめると「達人 + freee + 監査法人ワークペーパー作成ツールを1人のAI若手会計士で置き換える」。

AI 部分の特徴

1. スーパーバイザー型のマルチエージェント構成

タスクはまず監督役のエージェントが受け取り、種類・複雑度・遅延要件・入力形式に応じて専門サブエージェントへ振り分ける。1つの巨大なモデルに全部投げる作りではない。

  • 監督役は当初 OpenAI o3、現在は GPT-5 に移行
  • 専門サブエージェントが OpenAI o3、o3-Pro、GPT-4.1、GPT-5 を使い分け
  • Function calling で、勘定科目の提案だけでなく仕訳の登録まで実行する

2. エージェントが「数時間単位」で自律的に動く

Basis の説明によると、エージェントは数時間単位で動き続け、節目だけ会計士と相談して最終成果物を提出する。チャットボットのように一問一答するのではなく、案件を引き受けて持って帰ってくる動き方になっている。

3. 監査可能性をUIに組み込んでいる

仕訳1本ごとに、

  • どのデータを参照したか
  • なぜその科目にマッピングしたか
  • 推論の確信度はどの程度か

を会計士が見られるようになっている。「ブラックボックスなAIに帳簿を任せられない」という会計実務側の警戒に対する答えになっている。

米国会計事務所のソフトスタック(AI以前)

Basis を評価するには、米国の会計事務所が普段どんなソフトを積み重ねていたかを押さえる必要がある。

レイヤー主流ソフト提供元
クライアントの帳簿(GL)QuickBooks(圧倒的シェア)、Xero、Sage Intacct、NetSuiteIntuit / Xero / Sage / Oracle
プロ向け税務申告作成LacerteProConnect、ProSeriesIntuit
同上UltraTax CS、SurePrep、SafeSendThomson Reuters
同上CCH Axcess Tax、CCH ProSystem fxWolters Kluwer
同上(小規模事務所)Drake TaxDrake Software(非上場)
監査・業務管理CCH、Onesource、CasewareWolters Kluwer / Thomson Reuters

プロ向け税務市場の支配構造は、Intuit(Lacerte/ProConnect)・Wolters Kluwer(CCH)・Thomson Reuters(UltraTax)の三強で、Drake Tax が小規模事務所で食い込む形になっている。

Before / After — 米国会計事務所のワークフロー

Before(AI以前)の流れ

  1. クライアント企業が QuickBooks に伝票入力
  2. 月末、会計事務所が QuickBooks Accountant 経由で帳簿データを取得し、照合
  3. 期末、Lacerte/UltraTax/CCH の「Trial Balance Import」機能で残高試算表を取り込む(Lacerte は QuickBooks との純正連携あり、これが Intuit エコシステムの最大の堀)
  4. 申告書フォーム(1040、1120、1065 等)を税務ソフトが組み上げる
  5. e-file で IRS と州税務当局に電子送信
  6. 監査の場合は別途 CCH や Caseware でワークペーパーを作る

人間(ジュニア会計士)は1〜6のうち、ほぼ全工程で手を動かす。特に2(照合)・3(取り込み調整)・4(細目分類)が労働集約。インドのオフショア CPA 業務(30〜40万人規模)が成立してきた所以でもある。

After(Basis 導入後)

工程BeforeAfter(Basis)
月次照合ジュニアが QuickBooks を見ながら手作業エージェントが QB API で全件取りに行き、根拠付きで照合結果を返す
残高試算表→税務ソフトスタッフが手で整形して取り込みエージェントが取り込み・分類まで実施
税務申告書ドラフトスタッフが Lacerte/UltraTax で組むエージェントがドラフトを生成、人間はレビュー
監査ワークペーパースタッフが手で作るエージェントが生成
e-file 提出スタッフが Lacerte/CCH から送信提出は引き続き人間(責任の所在)
アドバイザリースタッフ時間が足りずに後回し削減した30%の時間をここに振る

QuickBooks も Lacerte も CCH も残る。減るのは「ジュニア会計士の手」と「インドのオフショアCPAの工数」。

三強への株価インパクト

Intuit(NASDAQ: INTU)— 最も打撃を受けた

  • 2026年初から株価は約50%下落310 近辺(夏2025ピーク約 800 から急落)
  • 2026年5月21日に決算後1日で約20%下落
  • 売上成長率 Q3 FY2026 で 10%まで減速(Q2 は17%)
  • 直接の理由: バリュエーション圧縮、AI競争、TurboTax 低価格帯(年収 $50K 未満)の顧客流出
  • 防御策として、2025年11月に Intuit ↔ OpenAI で $100M 超を払って ChatGPT 内に Intuit アプリを埋め込む提携を発表
  • 5,000万件/週の取引が Intuit AI を経由、QuickBooks の課金体系を「使用量ベース」に切り替える動きも

Wolters Kluwer(Euronext: WKL)— モート格下げ

  • Morningstar が モート(堀)を Wide → Narrow に格下げ(AI破壊リスクが理由)
  • ただし Q1 2026 決算は堅調で「AI破壊ナラティブはまた疑問符」(MarketScreener)— つまり売られたが反発も入っているフェーズ
  • CCH Axcess に自社 AI を埋め込んで応戦中

Thomson Reuters(NYSE: TRI)— モート格下げも自前AIが効きつつある

  • 同じく Morningstar 格下げ
  • 一方で自社の CoCounsel(AI法務・税務リサーチ)と SurePrep(税務 OCR)が成長ドライバーになり、AI を自社に取り込めている例
  • 株価は Wolters と同じく「割安」と見る分析が出る水準

共通の構図

「税務・会計ソフトの三強は、エンジン側(GL・申告ソフト)の支配は崩れていないが、人間の作業フローに乗る上位レイヤーを Basis のようなスタートアップが取り始めている」

これは PC OS(Windows)が残ったまま上位の SaaS が価値を吸ったのと同じパターン。GL/税務ソフト自体は残るが、その上のジュニア会計士の労働価値が AI に置き換わるので、ソフト3強の「会計士1人あたり課金」モデルが揺らぐ。

効果として語られている数字

  • 平均で時間を30%削減
  • 米国上位25会計事務所のうち約30%が導入済み
  • 導入が進むほどエージェント側に委ねる業務が増える
  • 会計士の役割が「手を動かす」から「成果物をレビューする」に寄る
  • 結果として、より多くのクライアント、より複雑な案件を受けられる

数字は Basis 自身と OpenAI のケーススタディから出たもので、客観的な検証は今後の論点として残る。Earmark CPE は「パートナーシップ税務申告書を自律的に処理できると言うが、証拠は?」と懐疑的な記事を出している。

「ウェイトリスト6000件」「パイロットで全体40%」といった数字は今回の調査範囲(公開ソース)では裏が取れていない。社内資料か二次ソース由来の可能性がある。

まとめ

Basis を一文で説明するなら、「会計事務所のジュニア会計士の業務を、エージェント側に丸ごと載せ替えるサービス」になる。

  • AI以前 = QuickBooks(帳簿)→ Lacerte/UltraTax/CCH(税務)の縦スタックを、ジュニア会計士が手で繋ぐ
  • Basis 後 = 同じ縦スタックの上に Basis が乗り、人間はレビューだけする

QuickBooks も Lacerte も CCH も死なない。死ぬのは「会計士1人あたり課金」を前提にしたソフト価格モデルと、インドのオフショア CPA の労働集約モデル。

ユニコーン評価1.15Bが付いた理由も、Intuit が一日で20%下げた理由も、この構造の組み替えが現実味を持って動き始めたから、という1点に集約できる。

参考