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意思決定に繋がらないデータ分析は要らない

先に結論を書く

財務データは、KPIを除けばほとんど見る必要がない。そして、たとえば「人的コストを可視化するダッシュボード」のようなものは、中小企業の規模ではまず要らない。大企業でも、重要な意思決定には繋がらない。

理由はひとつ。そのデータを見て、意思決定が変わらないからだ。 意思決定が変わらない数字をきれいに並べる作業は、仕事をしている感触だけが残って、何も動かさない。

中小企業に、財務データの作り込みは要らない

財務データそのものを扱うのは、けっこう手間がかかる。中小企業なら記帳を税理士に頼むか、自分でやるにしても領収書をいちいちひっくり返して、勘定科目を振って、という処理が必要になる。労力の割に、そこから出てくる数字は意思決定の役に立たない。

一人で仕事をしているなら、もっと単純な話で済む。仕事をした単価はわかるし、自分の時間も把握できている。だったら、そっちを計測しておけば何も問題ない。使う経費なんて知れている。

そして、人数が増えても、そのビジネスで見るべき指標は大して変わらない。事業の構造が変わらない限り、見るべきものは最初から決まっている。

見るべきものは、これだけで足りる

では何を見るか。私の場合はこのあたりに尽きる。

  • 工数の集計:時間工数を集計するスプレッドシートの合計値。これがそのまま毎月のKPIになることが多い。時間単価がわかっていれば、合計を見るだけで状況がわかる
  • マーケティングの接触量:受注の手前にある、接触回数や面談の回数
  • 成約率:商談がどれだけ受注に変わるか

突き詰めると、商談に繋がる時間が増えていなければ、売上は当然増えない。だから見るべきは「商談に繋がる時間が増えているか」であって、それ以外の財務データではない。

これらの数字には共通点がある。数字が動けば、次にやることが変わる。接触回数が落ちていれば動きを増やすし、成約率が落ちていれば商談の中身を見直す。意思決定に直結している。 だから見る価値がある。

人的コストを可視化するダッシュボードへの違和感

たとえば最近、財務データを加工して「人的データコストがいくらかかっているか」を可視化します、と堂々と宣伝しているアカウントをたまたま見かけた。正直、無駄だなと思った。

中小企業の規模では、そもそもこういうものは要らない。前述のとおり、見るべき指標は最初から少ないからだ。

では大企業なら意味があるかというと、私はそうも思わない。人的コストを可視化したところで、結局その数字が意思決定に繋がらなければ意味がない。「人件費が増えています」「減っています」と眺めて、そこから何か決められるかというと、決められない。少なくとも、投資の意思決定のような重要な判断は、人件費の増減グラフを見て下すものではない。

論点がずいぶんずれたダッシュボードを一生懸命作り込んでいる——そういう印象を受ける。きれいに可視化されていることと、それが役に立つことは別の話だ。

儲かっていない会社ほど無駄な分析をやる

ここまでは要るか要らないかの話だった。ただ、現場を見てきて思うのは、もっと根の深い構造があるということだ。儲かっていない会社ほど、この手の分析をたくさんやっている。 企業再生の現場で、何度も見てきた。

メカニズムはたぶんこうだ。まず、仕事がない。受注につながる活動ができていなくて、負け戦を続けている。コンペにも負ける。それでいて、工夫すらしない。負けている組織、負けている体制、負けている人員が、そのまま居座っている。

仕事がなければ、管理部門は暇になる。そして暇になると、無駄なことをやり始める。立派なダッシュボードを組んだり、誰も意思決定に使わない資料を作り込んだりする。手が空いた人間は、なぜか仕事を生み出してしまう。人がいればいるだけ仕事が増える。組織はそういうメカニズムで動く。

だから再生の現場では、思い切った手を打つしかない。管理部門を半分にする。あるいは営業へ配置転換して、発破をかけて受注を取りにいかせる。そこまでやらないと会社が死ぬからだ。

管理部門や経営企画部門が無駄な資料を作り込んでいるのを見るたびに、一体何をやっているんだろう、と思う。手が空いているなら、一件でも多く受注につながる活動に回したほうがいい。

判断基準は「その数字で意思決定が変わるか」

データ分析やダッシュボードを作る前に、ひとつだけ自分に問えばいい。

この数字を見て、自分の意思決定は変わるか。

変わるなら見る価値がある。変わらないなら、どれだけきれいに可視化しても要らない。人的コストの可視化に違和感があるのは、多くの場合この問いを通っていないからだと思う。

データを増やす前に、それで何が決まるのかを先に決める。順番が逆になっているダッシュボードが、世の中には多すぎる。